2009.11.16 【階ふた修練者体験談|痛風と気功】
痛風と腰痛と日之本元極と私 3
日之本元極功法の修練を始めてからのようすが届きました。
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〜風に吹かれて痛い痛い、からの脱出物語〜
僕が日之本元極の講座を受講して修練をするようになってから、僕自身に起きた変化や、実感したこと、気付かされたことは沢山あります。
それらを以下の通り、記してみます。
1.修練を始めてから二ヶ月足らずで食事制限無しで体重が約七キロ落ち、一年半経った今も変わらないでいる。
2.腰痛、腰に感じていた重苦しい倦怠感が気付けば、いつのまにかなくなっていて、仕事柄長距離を運転することが多いのだが、全然平気である。(通院や薬の服用は一切無いです)
3.痛風に関しては、講座を受講直後にそれまでで最大級の発作に襲われ、 『生活を改善して、修練もしているのに何故発作が起きるのか?』と、その時はかなりショックを受けたが、後にそれは邪気等の悪いものを排出し、気を通す為の好転反応だったということを知る。
今はというと、病院で処方された尿酸値を下げる薬を長い間、服用せずにいるが(通常は痛風の薬は高血圧のそれと同様、ずっと飲み続けなければいけない、とされています)発作は起きていない。
よって、大風が吹いても大丈夫である。
そして…
その後も、高山に何度か足を運び、全国からきている多くの修練者(色々な病気を抱えた方や、過去に重い病気を抱えていたが、修練を重ねて今では改善した方など…)とお会いすることで気づかされたことも沢山あります。
健康な体を持つことの有り難みや、命の尊さ、家族の絆、支えの有り難さ、重い病と闘いそれを改善する為に真剣に練功に取り組む修練者の姿…、
そして、それを献身的に全面サポートしている、増田先生をはじめとする日之本元極のスタッフの皆々様の姿勢…。
今思えば、それもこれもあの時、僕に日之本元極の教科書を差し出し、ご縁を繋いでくれた先輩修練者の存在があったからこそのことで、その方には心から感謝しています。
それと同時に、
今度は僕自身が教科書を“差し出しす側”として、それを必要としている一人でも多くの人に日之本元極にご縁を繋ぐことが出来れば、と思う今日この頃です。
2009.11.13 【階ふた修練者体験談|痛風と気功】
痛風と腰痛と日之本元極と私 2
〜風に吹かれても痛い痛い、からの脱出物語〜
そもそも何故僕が、仙台から遥か600キロ離れた高山の気功教室日之本元極にいこうと思ったかというと、(はっきり言って気功教室なら仙台にもたくさんあるのです)
ある日、先輩修練者が持っていた日之本元極の『教科書』を借りて、右の脇腹にあててみた時に、まるでそこだけ“ピンポイント温泉”に浸かっているかのようなあったかエネルギーを実感してしまったからです。
僕はその場ですぐに『教科書を譲って下さい!』と、
お願いしたのですが、入門もしていないのにそれは無理!ということになり、(それはそうだ…今、考えるとお恥ずかしい…)
『では、高山に行きますっ!』となった次第です。
そういった経緯がありつつ、高山の日之本元極に着くと、早速先生方が『内視』という手法で僕の体がどうなっているのかを観るということがはじまりました。
それは、レントゲンや血液検査やMRI…といった機械や器具は一切使わずに僕の身体の状態を感じとるという、とてもアンビリーバボーな手法でした。
(※因みに、日之本元極の修練者の中には、それまで普通の主婦だったり、サラリーマンだった人が一生懸命修練をして功が進むことで、無形無象のものが見えるようになったり、聞こえるようになったり、感じるようになったりといった特異効能を持つようになる人が何人もいらっしゃいます)
『何とも不思議な世界があるもんだなぁ…』というのが、その時の僕の率直な感想でした。
先生方による内視の結果、僕の痛風と腰痛はそもそもが腎のエネルギーの不足からきていて、しかも気の巡りが非常に悪い状態なので講座を受講してしっかりと修練を続けていった方がよろしい、ということでした。
『せっかく高山まで来たんだし、あの教科書からでているエネルギーを感じてしまったからには、日之本元極の功法を信じてやってみよう!そして、自ら進んで不摂生をして傷めてきたた体を、今度は自分自身で健康な体を取り戻そう!』
そんな思いで講座に挑んだのでした。
つづく
2009.10.30 【階ふた受講者体験談|痛風と気功】
痛風と腰痛と元極気功と私
気功修練者から日之本元極との出逢うまでの様子をお寄せいただきました。この続きが楽しみです。
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全く以って、自慢にもなりませんが、僕はつい二、三年くらい前まで自他共に認める、筋金入りの“Mr.不摂生”でした。
学生時代からずっと不摂生してきましたので、トータルするとかなりのものです。
29才と11カ月までは、たばこも一日二箱以上吸っていたし、お酒は35才くらいまでは『浪花恋しぐれ』の男の人並でした。(酒や!酒や!酒こうてこい!という例のやつです)
それはそれは、とにかく酷いものでした。
今思うと、当時は『俺は絶対、病気になんかならないから大丈夫!それより人生をおもいっきり楽しみたい!』 という具合に健康に対する過信と典型的な『若さは馬鹿さ』人間でした。
そして、 三十代半ばにしてその「根拠無き、勘違いの不敗神話」が遂に、音を立てて崩れていきました。
そのトップバッターが 『Pain
Wind』。 英語にするとなんとなく聞こえがよくなるから不思議です。 日本語に訳すと、 『痛風』。
それはまさしく、読んで字の如く、風が吹いても痛いのです。
痛風のメカニズムは、血液中の尿酸値が高くなると、結晶化し、関節部分に溜まり、 その時に痛みの激しい関節炎を引き起こす。 高尿酸血症を是正しなければ、関節炎の発症が頻繁化し、重症化する。
その先に待っているのは、狭心症、腎不全、脳血管障害、尿毒症、糖尿病…と 成人病のエリートコースなのである。
僕の場合、病気をわざわざお金で買ったようなもので『自業自得』、『身から出た錆』、 要するに、なるべくしてなったわけである。
そして、同じタイミングでその頃、腰にも不調が出てきました。痛いというよりは、重苦しい感じで、いつも腰に倦怠感がありました。
こうして、 過信満々のMr不摂生は、敢え無く白旗状態となり、日頃世話になっている姉貴分の導きで仙台から遥か遠い、飛騨高山まで行き、日之本元極の門を叩くこととなるのでした。
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