2010.03.25〜04.01 【気功受講者体験談|脳挫傷と気功】
日之本元極との出会い −1〜8
ご家族で修練してみえる方から、「日之本元極功法との出会い」を届けていただきました。
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私と日之本元極との出会いは、両親の交通事故から始まりました。 今から8年前の出来事です。
その日は日曜日で私は外出しており、帰宅したのが20時30分頃でした。 両親は朝から車で出かけており、20時頃には帰宅してる予定でした。 なので家に帰った時には誰もおらず「あれ?」と思いましたが、さして気にも止めず帰りがけに買ったケンタッキーチキンを食べながらテレビを見てました。
21時を過ぎても二人が帰って来なかったので、さすがに「おかしいな」と思い携帯に連絡してみましたが繋がりません。
少々不安に思ってた頃、家の電話が鳴りました。出ると病院からでした。 「母が交通事故に遭いかなり危険な状態なので、今すぐ病院に来て欲しい。」というのです。 最初は、病院の方のお話が、全く理解出来ませんでした。 さらに、「運転していた父も…違う病院に運ばれた。」と教えていただきました。
どうして良いのか分からず混乱するばかりで、血の気が引いて気が遠くなりました。
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幸いなことに、隣に叔母夫婦が住んでいましたので、車で病院まで一緒に行ってもらうことになりました。病院まで行く途中の道で、大破した父の車を見つけました。
あの車の様子じゃ…別の病院に運ばれた父は、きっと死んだんだ。」と更に絶望しました。
両親が交通事故を起こした場所は家の近くで、私も家に帰る時は必ず通る道でした。
時間から考えると家に帰る途中、惨事を目の当たりにしてたはずです。
しかし、その日に限ってケンタッキーが食べたくなり違うルートで帰りました。
それまでに、寄り道をしたことなどほとんどありませんでした。
なぜ、その日に限って寄り道をしたのかは不思議ですが、今思えば事故現場に出くわさ無くて良かったと思います。
病院に着いてしばらくすると、頭と左目に包帯を巻いた母が運ばれて来ました。
呼びかけても反応がありません。
「左側の頭部を強くぶつけた。」ということで手術が出来るかどうかの検査をこれからするとのことでした。
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検査が終わるのを待っているとエレベーターが開いて父が入ってきました。
「生きてた!」と安堵したものの、顔面や首や手にガーゼをあてており、顔の表情が大変なことになっておりました。
比較的軽症だった父は現場近くの病院へ、重体の母は少し離れた大きな病院に運ばれました。
話を聞くと父は飲酒運転をしていて母と口論になり、よそ見をしてたら停車中だった大型トラックに衝突したということでした。車がトラックの下に潜ってしまい助手席に座っていた母の方が深手を負ってしまいました。
しかし、父の心境を思うととても責められません。生きててくれて嬉しかったです。
検査が終わり母に面会ができましたが、意識はありませんでした。
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次の日、検査の結果を聞きに病院に行きました。
最初とても怖くて聞けなかったので、叔母に聞いてもらおうとしました。
「しかし、私が聞かなければならない。」ということだったので覚悟を決めて聞きました。
医師の説明は
「頭蓋骨陥没骨折しており、危険な状態でこのまま意識が戻るかも分かりません。左目の視力はおそらくだめでしょう。植物状態になる可能性があるので覚悟してください。」
という内容でした。
最悪です。母の状態が不安定なため結局手術は出来ないので、意識が戻るのを待つことになりました。
母はICU(集中治療室)に入りました。
面会も身内だけ、しかも10分くらいしか面会時間がありません。
毎日祈るような思いで声をかけたり、手を握ったり、体をさすったりしましたが、意識は依然として戻りませんでした。
病院でも「極めて危険な状態なので、治療というものは特に出来ない。」とのことで、ただ、ただ状態を見守ってるだけでした。
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「すごい気功の先生がいるからお母さんのことお願いしてみたら。」という内容でした。
気功と言われても、当時の私はどうゆうものなのか想像が出来ませんでした。しかし、熱心に勧めてくださるし、父も私も藁をもすがる思いだったので、すぐにお願いして病院に来ていただくことになりました。
それが増田先生との出会いです。
増田先生に母の治療をお願いすることになりました。 ICU(集中治療室)には身内しか入れませんので、増田先生は母の弟に扮して治療してくださいました。
「貫頂」という施術で気を入れていただいたのと、脳挫傷による出血で脳に血の固まりが出来ていたので、それを意念で取り除いてくださいました。 (後日レントゲンを撮った時、事故直後のレントゲンにあった血の固まりが消えてました。)
ICUは横が医師の部屋で監視されていますし、中に居られる時間も限られていますので増田先生もやりづらかったと思いますが、病院まで足を運んでくださり治療していただいて感謝しています。
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増田先生が二度目に病院まで、治療に来てくださった日の翌日、
病院に行っていた叔母から「お母さんの意識が戻ったよ!」という知らせを受けました。
その日、会社帰りに病院に行くと母の目が開いていて「お母さん!」と呼びかけると反応してくれました。
毎日祈るような思いだったので、本当に嬉しかったです。
また、増田先生にお願いしてからすぐだったので、その効果のすごさに驚きました。
増田先生の治療のおかげで、その後の母は医師も驚くほど回復していきました。
当初だめだと言われていた左目も視力は弱くなっていましたが失明は免れ、事故から約10日後一般病棟に移れるほどになりました。
そのうち元気さ余ってか病院内を歩き回るようになり、忙しい看護師さんたちも手に負えなくなってきました。医師からも「もう大丈夫」と半ば追い出される形で1ヶ月後に退院しました。
当初2ヶ月の入院予定でしたが、事故から約1ヶ月で退院することが出来たのです。
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〜母のためのMDが私にも効果がありました。〜
病院を退院してからは、通院と自宅療養の日々になりました。 増田先生にも「出張貫頂・帯功」で家に来ていただいて治療していただきました。
自宅では母の枕の下に特大サイズの三元カードと、MDの「いやわ」(癒す・やわらげるの意念が録音されている)をスピーカーをおいて小音で24時間再生し続けるようにし、その他にもなるべく家の中に元極のMDの音が24時間、流れている状態にしていました。
こうしているうちに、母の回復ぶりはもちろん驚きの連続でしたが、そのうち私にも変化が現れてきました。
当時、私は車通勤をしていました。時間の無い朝に加え渋滞に巻き込まれたりイライラして運転していることが多かったのです。
しかし、ある時ふと、あまりイライラしなくなっていることに気がつきました。
とくに周りの環境が変わったということはなく、相変わらず割り込みをされたりあおられたりしてるのですが、そんなことがどうでもよくなり気にならなくなっていました。
どうして、車の運転中にイライラしなくなったのかが、自分自身でもとても不思議でした。生活の中での変化といえば家で一日中、元極音楽が流れるようになったことぐらいしか思いつかなったのです。
増田先生にお伺いすると「MDは精神面にも効果があります。お母さんのMDを一緒に聞いているのであなたにも影響したのですね。」と言われました。
精神面にも効果があるとはすごいなと思い、それから元極に興味を持ち始めました。また、自分が修練すると周りに居る家族にもいい影響を与えられると聞いて私も習いたいなと思いました。
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そして、2002年の春に母と一緒に入門したのです。 今では父も入門し家族で日之本元極にお世話になっています。
増田先生との出会いがなければ、今の生活はありません。
父は犯罪者で職を失っていましたし、私も長い間立ち直れない日々が続いていたと思います。事故当時の話題が家族で上ると「増田先生のおかげだね。」というのが決まり文句となっています。
今こうして、当時のことを思い出しまとめてみましたが、叔母夫婦をはじめ各々の友人たちにとてもお世話になったことを思い出しました。随分、お世話になったのに時間が経つと感謝の気持ちが希薄になっていて恥ずかしいです。
私も父母も8年経った今も、日之本元極を信じて続けてこれました。
今後は、私にで出来ることがあれば恩返ししたいと思います。
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そして、2002年の春に母と一緒に入門したのです。 今では父も入門し家族で日之本元極にお世話になっています。
増田先生との出会いがなければ、今の生活はありません。
父は犯罪者で職を失っていましたし、私も長い間立ち直れない日々が続いていたと思います。事故当時の話題が家族で上ると「増田先生のおかげだね。」というのが決まり文句となっています。
今こうして、当時のことを思い出しまとめてみましたが、叔母夫婦をはじめ各々の友人たちにとてもお世話になったことを思い出しました。随分、お世話になったのに時間が経つと感謝の気持ちが希薄になっていて恥ずかしいです。
私も父母も8年経った今も、日之本元極を信じて続けてこれました。
今後は、私にで出来ることがあれば恩返ししたいと思います。
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