2010.05.10 【気功受講者体験談|網膜色素変性症と気功】
目の病気 「網膜色素変性症」 と気功
日之本元極と出逢い、修練に励まれてみえる方から体験談をお寄せいただきました。
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網膜色素変性症と診断されてから、かれこれ4年になります。その当時の記憶をたどると、今の気持ちのゆとりが嘘のようです。
当時の私は「この病気は治りません。」「いずれは社会的な失明をします。」と医師の診断の前に、失意の底にいました。ただただ、不安でメソメソしたり、イライラすることが多かったのです。
そして、日之本元極に出会って修練を始めてから、2年2ヶ月。
今では、修練さえすれば、悪くて現状維持、もっと修練をすればもっと回復する。という自信があります。自信には、努力(修練をすること)を重ねないと前に進めないので、そこが課題ですが、いつもいつも安定した気持ちが私を支えています。
臥龍点晴功を受講してから、1年が経ちます。私の気持ちはさらに、安心感を増しています。受講してから、出来る限り毎日欠かさず修練をしています。その時間、約16分。怠け心さえなければ毎日でも修練できる短時間で簡単な功法です。
この、目を明るくする功法「臥龍点睛功」を修練していると、「確かに神様っていらっしゃるんだ。」「確かに、修練をすると目が明るいな。」と実感することがあります。
それは、車を運転していてトンネルに入った瞬間に、目の回りに「もとつきわみ図」が明るく光を放ち、目を明るく照らして守ってくださることです。
目は開いて前方に集中して見ているのですが、その眼球の周りを取り囲むように、もとつきわみ図が、光を放ってクルクルと回っているようにみえます。うまく、歩けるように足下を照らす明かりが、私の場合には「眼球のまわり」に備え付けられたようです。
はじめは、「もとつきわみ図」が眼球のまわりに見えることは、錯覚だと思いました。ところが、修練をきちんと繰り返し、長い時間修練をすると、日常生活の中でも、これが見えることがあります。錯覚ではなく、私が修練をすればするほど、見えることも分かりました。修練したご褒美に、手助けしてくださっている。励ますように応援してくださっているんだな。と実感しました。
日之本元極と出会う前には、夜間の車の運転が思うように出来ませんでした。暗いところでは視力が極端に落ちてしまい、危なくて仕方がなかったからです。夜間に歩くことも不自由で、控えて外出は出来ませんでした。
ところが、今では、夜間の車の運転は当たり前のようにしていますし、安心しきって呑気に過ごしています。私の体験は、努力が足りないこともあって「つたない」のですが、日之本元極の功法の力は本当に「すごい!」と思っています。日之本元極との出会いがなければ、今の安定した幸せな日常生活はあり得ません。
「つたない」この体験が、私と同じ病気「網膜色素変性症」で困っておられる皆さんの元に届くことを願って止みません。
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目をあかるくする功法「臥龍点睛功」はこちら→
http://hinomoto-genkyoku.com/garyo.html
2009.10.18 【階ふた受講者体験談|網膜色素変性症と気功】
もとつきわみ図が私の目を守っています。
特定疾患(難病)に指定されている目の病気「網膜色素変性症」を患ってみえる階ふた修練者の体験談をご紹介します。
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中級講座を受けたあたりから、目の周りにもとつきわみ図が見えることがありました。たまにだったので、いつ見えるなんて事は、意識していませんでした。
階ふた講座を受けてから、頻回に見えるようになり、やっとわかったことがあります。
明るい場所から、暗い場所に移動した時が、くっきり、はっきり見えます。例えば、車の運転でトンネルに入ったときや、晴れた日に、外から家の中に入ったときなどです。
私の病気の特徴として、暗い場所での動作が苦手なトリ目がありますので、これは、きらきらしたもとつきわみ図が、私の目を暗い場所に早く慣れさせて下さっているのだなぁと感じております。
大変ありがたいことです。
また何か変化がありましたら、お知らせしたいと思っております。よろしくお願いします。
臥龍点睛功を受講して
今年(2009年)3月に初公開された「臥龍点睛功」は、あらゆる視覚機能障害の改善、予防のための功法です。
この講座を受講され、修練に励んでみえる30代女性の体験談をご紹介します。
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私は、網膜色素変性症と診断されて特定医療疾患の認定を受けています。
「進行する病気なので、いずれは社会的な失明をするでしょう」と宣告されて、不安と心配で悩み続けた末に、知人に紹介されて日之本元極を訪ねました。あれから、もう、一年半が経過しています。
「将来のことを悲観して心配するよりも、とにかく信じて修練をしなさい」と増田先生に言われたとおりに、歩いてきました。
本当に、おっしゃった通りで、入門後には、ボンヤリ曇って見づらかった視界がクリアになりましたし、体調も改善しました。身体が軽く動きます。気持ちがへこむことも無くなり、悩まなくなりました。イライラすることも随分減りました。
勧められている白内障の手術も、延期、延期でしなくても大丈夫のようです。
最近では、「良い状態が当たり前」の感覚になり、修練の充実感が無いのが悩みです。初心に戻って、頑張らないといけないと思いつつも「社会的な失明」の切迫感がなく、安心感が支配しているので、気持ちがゆるんでついついサボりがちになってしまうのです。
「何物にも代えて、修練する時間を確保しないといけない」と思いつつも怠け心や雑事に追われて、なかなか時間が作れないのが本音です。
「増田先生は、網膜色素変性症は全身の病気です」と言われましたが、まさしくその通りだと実感しています。
私が修練することに、積極的には賛成しない主人ですが「修練しろよ」と早々と寝てしまう私を気遣って起こしてくれます。私が修練をサボっていると機嫌が悪くなって、イライラしていることが分かるのだそうです。
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先日の春分講座で、臥龍点睛功の講座を受講しました。
講座の中で「眼球だけではなく視覚野までエネルギーを届けて、病状を改善させます」と説明がありましたが、私は眼球の裏側から後頭部にかけて重苦しい痛みを感じていました。
MDを聞きながら一回(20分)だけ修練をしましたが、一緒に受講した方々は、「飛蚊症の症状が取れた」「飛蚊症で細かい作業が、難しかったけれど出来るようになった」とびっくりされていました。私は目の奥の後頭部の痛みで、早く帰りたい気分でした。
講座が終わって、自宅に帰るまでは、車で2時間ほどです。夜間の運転は、まぶしかったり、暗闇に感じて自分で運転するのが、怖くてほとんど出かけることが無いのですが、この日の帰り道は視界が明るく鮮明に見えました。
暗闇の恐怖感を感じないまま、2時間あまりの運転を無事に終えて自宅に帰り着きました。
また、新聞や本を読むときに、紙面の文字に濃いところと薄いところができて、まだら模様のように見える時がありました。薄いところは、当然読みづらくて読み取りに時間がかかっていたのですが、臥龍点静功の修練をしてからというもの、文字の濃さが均等にみえます。
新聞や本もすらすら読めないので、文字を読むことが億劫でしたが、今では、詰まることはありません。とても読みやすくなりました。
さらに、最近では修練をすると、目の周りが痒くなってきました。まぶたや目の下、耳の後ろ側などがとても痒いのです。痛みはありません。増田先生に伺いますと「邪気(悪いモノ)が排泄されている好転反応でしょう」と言われます。
「網膜の組織が黒く変性する遺伝的な病気」は、治ることも改善することもないので、難病に指定されています。その病気の病状が改善しているのです。そして、摩訶不思議にも修練をすると目の回りに、邪気が吹き出して痒くなるのですからこんなに嬉しいことはありません。
私は、本当はこんなに呑気にしていないで、「同じ病気で悲観して進行するのを待つだけの生活をしている方々に、朗報を届けなければいけない」と思いつついます。まずは、この体験談を皆さんに届けることから出発します。
自分の眼の不自由さが解決すると、その時はとても喜んで感激したのですけれど、慣れてしまえば回復して見やすいのが、当たり前に思ってしまうようになっていました。自分の体験を多くの方々に届けることが出来れば、同じ思いの方が救われますね。初心を忘れないようにして、修練を頑張りたいを気持ちを引き締めているところです。
脾臓が、かなめの臓器です!! (網膜色素変性症と気功)
30代 女性
私は、網膜色素変性症と診断されて、特定医療疾患の認定を受けています。
入門講座を受講して、毎日修練をしていす。仕事も家事も忙しくてなかなか、十分な修練時間が取れないのが悩みです。それでも「継続は力」だと思って、ボチボチ息長く頑張っています。
中級講座を受けてから「立ちの二」を修練していますが、途中で左の背中のあたり(脾臓)が、怠くて重く痛みます。10分間、立っているだけの功法ですが、重くて痛い症状が出て立っているのが、とても辛くなります。それでも、「エネルギーが脾臓に作用しているんだ!」と感謝しながらなんとか続けています。
増田先生からは、
「網膜色素変性症という病気は、全身の細胞が黒く変色する体質が原因しているのだから、網膜だけが変性しているのではありません。身体の中の臓器も黒く変性している部分があります。細胞が黒くなった色素を処理して身体の外に、運びだす役割をするのが脾臓です。脾臓に、十分なエネルギーを届けてあげなさい。」と、説明いただきました。
前々から、私の病気について詳しく説明を聞いていたので、脾臓が大切な働きをするところだということは、理解していました。しかし、「立ちの二」を修練して、まさか脾臓が痛み出すとは、思ってもみませんでした。本当に、おしゃった通りなんだと改めて、実感することとなりました。
先日、久しぶりに講座に参加して、功法がどんどん新しくなっているのに驚きました。遠方なので、なかなか講座に参加できないのですが、毎日の修練をコツコツと頑張っていくつもりです。
「戻戻止痛」を修練すると、閉じた目に光を感じます
30代 女性
私は、網膜色素変性症と診断されて、特定医療疾患の認定を受けています。
進行する病気なので、いずれは「社会的な失明をする運命」だと知った失意の時に、日之本元極に巡り会いました。
入門講座を受講して、毎日修練をしています。
修練を始めてから、家族も何気なく応援してくれるようになりました。修練しないで寝てしまうと「修練したのか?」と声をかけて起こしてくれるのです。
さりげない家族の気遣いに感謝しながら、修練を毎日欠かさないように頑張っています。自分では気が付かないのですが、修練しないと私の体調は、悪くなるらしく「イライラして怒りっぽくなる」ようです。
先日のことです。
「あなたに一番適した功法ですよ。」と増田先生から勧められて、功法「戻戻止痛」を受講しました。
それ以来、毎日ほとんど欠かさず、静功の姿勢で30分間念訣しています。MDから聞こえてくる増田先生の声の響きを真似て黙念すると、目をつむっているのにもかかわらず「もや」のなかで懐中電灯に照らされているような「やわらかい光のまぶしさ」を感じます。
目の奥(網膜?)に、柔らかい光がもわもわと差し込んで来て、一つ一つの細胞に光を当てているかのようです。
視力がどんどん低下して、矯正できずに、絶望的な気持ちになっていた、過去の恐怖感が、時々蘇っては来ますが、今では安心感が支配しています。
修練をして、努力を重ねるならば、これ以上の症状の進行は防げる。と思っているからです。
戻戻止痛の修練を始めてからは、さらに、明るい光が見え始めました。過去の恐怖感を忘れないように、安閑としないで気持ちを引き締めながら、修練を頑張りたいと思います。
気功パワーと 難病・網膜色素変性症
ぼんやりして見にくかった視界が…
39歳 女性
◇網膜色素変性症とは 詳しくは→→こちら
目の中にあってカメラで言えば、フィルムに相当する網膜という膜に異常をきたす遺伝性、進行性の病気です。難病に指定されています。 |
診断された日のこと
平成18年11月コンタクトレンズを作り直すために、病院に受診しました。
その時に、左目の視力が矯正しても回復しないことを告げられました
眼底検査を実施したところ、眼底に異常があると告げられました。
診断名は、「網膜色素変性症」
振り返ってみますと、高校生の頃から近視の度は、進む一方でした。3年ぐらいで、コンタクトの矯正が適合しなくなり、作り替えるという有様でした。近視が、どんどん進んでいく不安を感じていました。
平成14年に下の子を出産した時のことです。いつものとおり、コンタクトを作り替えるために受診しました。その時に、はじめて、「白内障がある」と診断されたのです。
つづく…

その時の眼科医師は、
「白内障があります。小さいときから持っている、遺伝的な体質が原因でしょう。」
と言われたのです。
それでも、見にくいことはありませんでしたし、視力の矯正も出来たので、「体質ならば仕方がない。」「進行することはないのだろう。」と自分勝手に決め込んで、気にしないですんでしまったのです。
平成18年に総合病院の眼科で「網膜色素変性症」と診断されたものの、そこでは、それ以上の詳しい検査もなく、「1年度ごとに定期的に受診しなさい。」「自分でこの病名をよく調べておきなさい。」と言われたのです。
「治す方法が無い病気」と聞いたので、仕方なく、放置するしか方法がありませんでした。
残酷な診断を受けたにもかかわらず、私は能天気で、気にしないことにしていました。まだ、見にくい症状がなかったので、安心して油断していたのです。
次の年の平成19年夏
「見にくい」と感じたときには、免許の書き換えが迫っていました。
「運転できないかもしれない。
」そう思ったとたん、はじめて言いようのない不安感が、押し寄せてきたのです。いままで、この「網膜色素変性症の病気」を調べて、社会的失明の危険性を重々、知っていたつもりでしたが、知っていることが、自分の体験に変わったときの重大さに、はじめて気がついてのです。
社会的失明は、人ごとではなく、自分自身の身に降りかかることだったのです。
治療法のない病気、進行していく病気、原因も分からない。不安と絶望感にさいなまれながら、毎日を過ごしました。気持ちも不安で先が見えないし、ものが見にくい不安も加速されて、この頃の私は、おこってばかりいたようでした。
それでも、幼い子供たちがいてくれたことで、私は自分の悩みに専念することもなく、日常の忙しさに、助けられて過ごしました。
平成19年10月
頼りにしていた義姉に相談し、名古屋市にある眼科の有名な専門病院へ行きました。
そこで、詳しい検査をいくつかして
確定診断を受けたのです。
視力は、右0.04(矯正1.0) 左0.03(矯正0.5)
視野の狭窄は、左右ともに輪状暗点
つまり、ドーナツのように輪になった部分の視野が欠けて、見えない部分があるということです。日常生活では不便は感じませんが、モノを落として拾う動作の時に、輪の状態に見えない部分があるので、机の角に顔をぶつけたりすることがあります。
「白内障を併発しているので、白内障が進行した場合には、手術が必要になります。視力が0.2下がったら、受診するように。」と言われました。
特定医療疾患!?
この病気は特定医療疾患に指定されているので、保健所に行って申請をすると医療費が助成されます。といわれて、申請用紙に記入してくださったのです。
さっそく、自宅近くの保健所で申請をしましたら、入院は月額23,100円 通院は11.550円が自己負担限度額になっています。と書かれた特定疾患医療受給者証を作成してくださいました。
思いもかけず、自分が重病人になった気持ちは、重く苦しく、辛いモノでした。この気持ちは、誰にも分かってもらえない。という切なさも同時に背負うことになりました。
遺伝性の病気と言われても、思い当たる限り、家族にはだれも発病していませんでしたので、遺伝形式が「孤発型」と記入されたことが、救いと言えば救いでした。
平成20年1月
職場で、検診がありました。
その時の視力が、矯正で右0.6 左0.5に、急激に下がっていました。今までは、視力が悪いといっても矯正さえすれば、1.0の視力が保てたのです。いくら治らないと言われていても呑気さを装うことが出来たのです。
しかし、三ヶ月もたたないのに、矯正視力は、右目1.0から0.6に急激に下がってきたのです。
その頃の私は、運転するたびに「見えない恐怖」に襲われていました。
・前の車のナンバーが見えない。
・道路標識が見えない。目印の看板も見えない。
・人が近くに来ても顔が見えない。状態だったのです。
2月22日 日之本元極を訪ねました。
自分の身に迫ってくる、暗雲に飲み込まれそうになった2月22日。私は、以前娘が中耳炎になってお世話になった、日之本元極を訪ねたのです。
その時のことを今でも、鮮明に覚えています。「私は、治らない病気と診断されたのです。」と説明すると同時に涙が、止めどなくこぼれ落ちました。
増田先生にお目にかかると、「網膜色素変性症」の病気について詳しく調べてくださいました。漢方では、「おけつの病」とされているそうです。中医学的には「内臓の機能を高めると改善する。」と書かれた文献について、読んで紹介してくださいました。
原因について詳しく記載されている文献もなく、個人によって症状が異なっていること、やはり、進行すると書かれてありました。
増田先生が、全身を見てくださいました。
「網膜だけではなく、全身の内臓も淀んで汚れがたまっている、きっと、網膜だけではなくて全身の細胞の問題で、たまたま、網膜に色素の変性があった場合には「網膜色素変性症」と診断されるのだろう。全身の機能をよくすることで、改善するのではないか!」
との仮説を説明してくださいました。
この細胞の色素は変性する部位が、内臓だったら、違う病名がついていたんでしょうね。
肝臓がとても疲れていますよ。目と肝臓はつながっているから、肝臓をいやす修練をしっかりしなさい。そうすれば、きっと、良くなります。元通りは無理にしても、これ以上進行させないことは「できますよ!!」とあっさりと、おしゃいました。あれほど、悩んでいた苦しみが吹き飛んだ思いでしたが、まだよく分かりませんでした。その言葉の意味がはっきりと分かったのは、貫頂・帯功を受けた後でした。
まぶしい光が
目を閉じて貫頂を受けたのです。
その30分の間。なんともまぶしくて仕方ありませんでした。
これほどの、まぶしい光線を経験したことが無いほどの光でした。あまりに、まぶしくて涙がこぼれました。その様子を見て、スタッフの方が目の上にウエットの綿花を乗せてくださったのです。けれども、その綿花をわざわざ、めくってまた、光が降り注いでくるような感覚でした。
真っ暗な暗闇で、突然サーチライトを眼球めがけて、浴びせられたような感覚でした。
まるで、眼球の中にハイパワーな懐中電灯があるような光でした。「きやーーやめて~~」と繰り返している間に、30分が過ぎたようです。
視界がクリアに
そして、目をあけてびっくり!!
とてもクリアに見えるのです。視力に変化はあまり感じませんでしたが、視界がとてもクリアだったのです。
それからは、日之本元極の入門講座を受けて、毎日修練をがんばりました。白内障が進行するのを待ち、手術の時期を待ちわびるだけの生活から、「治すための努力をする生活」に変化しました。
修練をすると精神的にも安定したようです。私が、修練することに対して、反対はしないが賛成もしない主人が「最近、怒ることが、少なくなったな!」と言いながら、いろいろ手助けしてくれるようにもなりました。
修練がんばっています
修練をするようになってストレスが、格段に減りました。体も軽く動くような感じです。何よりも、「視力の破壊が進行する不安」が除かれた、精神的な安定は、大きいです。
私は、子供もいますし、パートながら仕事もしていますので、それほどたくさんの修練をしているわけではありません。それでも、一日1時間は必ず欠かさないようにがんばっています。時々、忙しさにかまけて修練しない日が続くと、目のクリアな感じがやや曇り気味になってしまいます。
後悔して、反省して、がんばるとまた改善します。素直なわたしの目です。
これからも自分のために、家族のために、この病気で苦しんでいる方々の「模範」となるように、がんばって修練したいと思っています。
気のせいでしょうか??
階ひと中級を受講してから
、目を閉じたときに「もとつきわみ図」が回転しているのが分かります。
中級を受けたときから、もとつきわみ図が(いままで、蛍光ペンのような元光だったのが)ピンクに見えたり緑色に見えたりします。
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